はじめに:なぜ今、改めて「平準化」なのか
国土交通省 技監(技術士 総合技術監理部門・建設部門)
中小・零細建設企業の経営者およびベテラン技術者の皆様。日夜、我が国の社会資本の維持・発展にご尽力いただき、心より感謝申し上げます。私は、i-constructionや建設DXの旗振り役を拝命しておりますが、これらの技術は「目的」ではありません。「手段」です。目的は、皆様の生産性を高め、働き方を改善し、そして深刻化する人材不足の中で未来の担い手を確保することにあります。
そして、その全ての土台となるのが、本日お話しする「工事発注の平準化」です。何十年も前から叫ばれながら、なぜ実現しなかったのか。皆様が現場で感じてこられた「構造的な壁」を直視し、今度こそどう乗り越えるのか。ICT建機やBIM/CIMの導入をためらう最大の理由である「稼働率の不安」をどう解消するのか。本日は、現場の実情を施工計画・積算の視点も踏まえ、皆様と共有し、具体的な対策を共に考えるためのレポートをお届けします。
データで見る課題:年度末に集中する現実
皆様が肌で感じておられるように、公共工事の稼働は年度末、特に3月に極端に集中しています。このグラフは、公共工事の月別稼働状況(イメージ)を示したものです。この「3月の壁」が存在する限り、技術者や技能者は疲弊し、ICT建機のような高価な投資も稼働率が上がらず、「宝の持ち腐れ」となりかねません。平準化は、このグラフの「山」を崩し、「谷」を埋めることに他なりません。
図1:公共工事の月別稼働状況(イメージ)
なぜ平準化は「言うは易し」で終わってきたのか
問題の根は深く、発注者、制度、そして受注者の皆様の事情が複雑に絡み合っています。「予算が単年度だから」という一言では片付けられない、現場の具体的な「壁」を直視しなくてはなりません。
①「単年度予算」という名の「前例踏襲の壁」
財政法上、予算は年度内に使い切るのが原則です。しかし、それ以上に「年度内に予算を消化し、事業を完了させる」ことが発注担当者の評価となり、前例踏襲が最も安全な業務遂行となってしまっている実態があります。4月に予算が成立してから設計・積算・発注では、どうしても工事は下期に偏ります。
②「発注担当者の疲弊」という「体制の壁」
特に地方自治体では、土木専門職が減少し、数年で異動する事務職が発注業務を担うケースも少なくありません。積算や入札手続きをこなすだけで手一杯で、平準化という「高度な発注マネジメント」まで手が回らないのが実情です。工期設定支援システム等のDXツールも、使いこなす余裕がない場合があります。
③「地元調整・用地買収」という「外部要因の壁」
施工計画の前に、地元説明や用地買収が難航することは日常茶飯事です。これらがずれ込むと、計画は全て後ろ倒しになり、結果として年度末に「何としても着工・竣工」という短期集中工事が発生します。
「ゼロ国債(国庫債務負担行為)」はなぜ使われない?
年度を超える工事を可能にする「ゼロ国債」や「繰越制度」は存在します。しかし、なぜ活用が進まないのか。理由は「手続きの煩雑さ」です。発注担当者が財務当局(国や自治体の財政課)を説得するための膨大な説明資料や調整が必要となり、「それなら年度内でやった方が早い」と敬遠されがちなのです。特に自治体では、将来の財源が保証されない中で債務負担行為を設定することへの心理的ハードルも存在します。
①「仕事を選べない」経営実態
皆様(中小零細企業)の立場からすれば、閑散期に仕事がなくても、繁忙期に仕事が来れば「受ける」以外の選択肢は取りにくいのが現実です。「あの時断ったから」と次の仕事が来なくなることを恐れ、無理な工期でも受けざるを得ず、結果として自ら年度末の繁忙を招いてしまう悪循環があります。
② DX・ICT投資のジレンマ
「平準化が進まないからICT建機を導入できない」のか、「ICT建機を導入しないから平準化(生産性向上)が進まない」のか。まさに鶏と卵です。数千万円のICT建機を導入しても、3月の繁忙期にしか使えないのであれば、投資回収(積算上の償却)は不可能です。これはBIM/CIMオペレーターのようなDX人材の雇用・育成にも同じことが言えます。
待ったなしの状況下で、今度こそどう動くべきか
積年の課題ですが、もはや「待ったなし」です。資材価格高騰、労務単価上昇、そして深刻な人材不足。今こそ、発注者・受注者・国が三位一体で、具体的かつ実現可能な行動を起こす時です。
① 発注見通しの「超」早期化・詳細化
「4月に今年度の見通し」では遅すぎます。前年度の10月頃には次年度の主要工事の「概略」を、4月には「詳細(時期・規模)」を公表します。これにより皆様が人員・機材の手配、そして何より資材の計画的調達(価格高騰対策)を行えるようにします。
②「維持修繕工事」こそ平準化の主役
大規模工事だけでなく、皆様が受注しやすい「橋梁点検」「舗装補修」「河川除草」といった維持修繕工事こそ、計画的に通年で発注します。これらは閑散期の「谷」を埋める重要な仕事です。
③ 債務負担行為の積極活用と手続き簡素化
我々(国)が率先してゼロ国債を活用するとともに、自治体担当者向けに「手続きの簡素化」と「活用事例の横展開」を強力に推進し、財務当局との調整を支援します。
①「待ち」から「攻めの技術提案」へ
「仕事が来ない」と待つのではなく、自社の閑散期を明示し、「この時期なら、この橋の予防保全的な補修を、この新工法で効率的にできます」と、発注者の手が回らない部分を補う「施工計画・積算」を含めた技術提案を期待します。
②「身の丈DX」による自社データの可視化
高価なICT建機でなくてもDXは可能です。施工管理アプリ、ドローンでの簡易測量、勤怠管理のデジタル化。まずは自社の「いつ、誰が、何に時間を取られているか」を可視化し、年度末の非効率をデータで把握することが第一歩です。
③「横の連携」による稼働率向上
同業者間で、閑散期にICT建機やオペレーターを融通しあうアライアンスも有効です。1社で抱えるリスクを分散し、地域全体で稼働率を高める工夫が求められます。
①「やった者が報われる」制度設計(総合評価)
発注者の「平準化達成度」を評価し優遇する一方、受注者評価(総合評価落札方式)においても、「閑散期施工の提案」や「週休2日の達成(平準化が前提)」を高く評価するよう、積算・評価基準の改定を続けます。
②「BIM/CIMの原則適用」による業務プロセスの変革
BIM/CIMを原則適用することで、施工前の「フロントローディング(事前検討)」に時間をかける業務プロセスが定着します。これは必然的に年度をまたぐ債務負担行為を前提とし、平準化の強力な「テコ」となります。
③ 中小企業向けDX支援の抜本的強化
BIM/CIM導入やICT建機購入への補助金を手厚くするだけでなく、発注者(自治体職員)向けのBIM/CIM研修をセットで実施し、発注者・受注者双方のDXリテラシー向上を一体的に支援します。
結び:協働こそが建設DXの本丸
「平準化」は、もはや発注者だけの責任ではありません。発注者が「計画的に発注」し、受注者の皆様が「閑散期も活用して計画的に施工」し、我々国が「制度とDXで両者を支援」する。この三位一体の「協働」こそが、i-constructionと建設DXの本丸です。
皆様の現場の知恵と、我々の制度改革。この両輪で、この積年の課題を必ず乗り越え、技術者が誇りを持ち、若者が希望を持てる建設産業を、共に創り上げてまいりましょう。
参考文献・参考資料・免責事項
- 国土交通省「i-Constructionの推進」関連資料
- 国土交通省「建設業の働き方改革」関連レポート
- 国土交通省「公共工事の施工時期の平準化に関する取組」
- 一般財団法人 建設業情報管理センター「建設DXに関する調査研究」
- 財政法(昭和二十二年法律第三十四号)
本レポートは、建設産業の生産性向上に関する情報提供と課題共有を目的として、国土交通省技監としての一般的な見解をまとめたものです。特定の個人・団体・企業を対象とした助言や、個別の案件に関する見解を示すものではありません。本レポートの内容(グラフの数値を含む)は、説明のためのイメージや一般的な状況認識を含むものであり、その正確性や完全性を保証するものではありません。情報の利用にあたっては、利用者の皆様ご自身の判断と責任において行ってください。